人生論の記事 (1/4)

成功についての価値観


本日のテーマはちょっとヘビーなので、
まずは、軽く余談から入りたいと思います。


僕は毎週、土曜日と日曜日に澤田塾で終日授業をし、
平日は遊んでいる(?)

と、思われがちなのですがw、
実は全くそんなことはありません!(汗)


まず、土日だけで、
4日分くらいのエネルギーを消費しています。

金曜日の夜と日曜日の夜の体重を比べると、
毎週、1キロ以上も体重が減ります。
(平日にまた元の体重に戻る)


なので、土日の2日間だけ授業をしているといっても、
実質、その2日間で4日間分くらい働いているわけですw


本来ならば、平日にまるまる2日間くらい休んでもバチは当たらないはずですが、
僕には完全なオフというものはなく、
月曜日と火曜日にハーフオフを取って、半分仕事をして、半分休んでいます。


授業の準備に、計4日間は要するため、
土日の4日分(?)と合わせると、
結局、週8日働いていることになります。


1週間は7日なのに、
週8日働いている、っておかしいだろ?
と思われるかもしれませんが、
以下のように考えると、計算は合ってます。


月曜 0.5日
火曜 0.5日
水曜 1日
木曜 1日
金曜 1日
土曜 2日 (実質)
日曜 2日 (実質)

  計 8日


って、かなりどうでもいい話をしてしまった。。。



本日のテーマ


余談が長くなりましたが、
本日のテーマは、「成功についての価値観」です。


本題に切り込む前に、
現在の自分の状況について、
ちょっと分析してみたいと思います。


僕は自分で立ち上げた塾で英語を教えているので、
「先生」、「講師」、「指導者」であると同時に、
「経営者」、「起業家」でもあります。

って言うと、ちょっとカッコよく聞こえるかもしれませんが、
実際には、小さな塾を運営しているだけなので、
ただの「個人事業主」です。
(英語で言うと、small business owner)


その他に、ブログやツイッターなどで、
英語学習やTOEIC対策などについて情報発信することも大事な仕事(?)の一つです。

たまに、頼まれて記事や本を執筆することもあるので、
「ライター」や「著者」という側面もあります。


澤田塾では、授業だけでなく、一般の方にもご参加いただけるイベントも開催しているので、
「イベント主催者」としての顔もあります。


また、メインではありませんが、
「日英翻訳者」として、日本語を英訳する仕事もしています。


これらの仕事は、全て「英語」というテーマで繋がっており、
相互補完的に作用し、相乗効果を生み出しています。



人と同じことができない性格


今では人前に立って話し、指導する立場にいますが、
元々、人を指揮したり、動かしたりするのが得意だったわけでは全くなくw、
むしろその逆で、黙々と一人で作業する方が向いているタイプでした。
(I'm more of a loner. みたいな)


幼い頃から、マイペースで、協調性がなく、集団行動が大の苦手。

周りに合わせて行動することができず、
一人だけ皆と違うことをしているような子供でした。


保育園の頃、運動会の行進ができず、
最後に保母さんと手をつないで歩いている、背高ノッポの男の子。
(他の子たちよりも頭1つ分背が高いので、余計に目立っていた)


その写真を見ると、
もうその頃には、自分の人格が形成されていたんだなぁ、と実感します。


ちなみに、エニアグラムという9つの性格タイプの分類によると、
僕はタイプ4の芸術家でした。

以下のリンク先の説明が当てはまり過ぎていて恐い。。。

https://uranailady.com/fortune/enneagram/type4.html

この分類によると、
僕は「究極の理想主義者」で、「永遠の心の旅人」らしいですw


元来、人と同じことができない性分の僕は、
「個性」を生かして働くしか生きる道がないようです。


上からの指示を聞いて動くのが苦手なため、
サラリーマン、会社員として、まっとうに働くという選択肢は向いていません。


みんなが右へ倣えしていたら、
僕の本能は「左へ行け」と指示するんです。。。

別の道を行く



雇われて働くことができないのなら、
自分で独立・起業するしかない。

こういう人を英語では、unemployableと言います。
(employ「雇う」ことができないという意味)


もちろん、最初から独立できたわけではないので、
20代の頃は、塾や予備校に雇っていただき、指導経験を積みました。


ただ、続けているうちに、
だんだんと、それぞれの学校の方針、
ないしは、世の中の潮流、業界の常識に従えない自分が顔を出していきますw


「英語教育の現状は間違っている」
「もっと違った教え方をしないとダメだ」
「独自の指導法を打ち出していこう」


ついつい、こんな発想になってしまい、
雇われの身であるにもかかわらず、
自分の信念を貫こうとし始めてしまうのです。


もちろん、塾や予備校の所長とぶつかることは多々ありました。

大学卒業後すぐに教えた個別指導塾では、
「音読や発音なんかやらせなくていい」
「他の講師たちはそんなことやらせてないじゃないか」
「これ以上、君のやり方を続けるんだったら、辞めてもらうからな」
と言われ、3ヶ月で辞めてしまいました。。。


その後、大学受験予備校で本格的に受験生を教えることになったのですが、
やはり、そこでも、「受験で合格するだけはなく、一生使える英語力を身に付けさせる」とか、
彼は言い出してしまうわけですよ。
(↑自分のことですがw)


そんなことは、誰も求めてないのに。


いや、実際には、その考えについてきてくれて、
僕のクラスとは別に、高額な個別レッスンを追加受講する生徒さんが毎年いたりして、
早慶上智あたりに、本来ならば行けなそうな生徒さんを3年連続で送り込みました。


僕が実質、予備校内で「澤田塾」を立ち上げていて、
暴走していたことは、予備校の上層部は全く把握していませんでしたが。


校舎のスタッフや同僚講師たちは、
一部の生徒たちが、僕の英語クラスだけを受講し、
何十万もする個別授業を追加で受講していることを不思議な目で見ていました。

そのような生徒たちを、「澤田チルドレン」と揶揄する同僚もいました。


今冷静に考えれば、
雇われの身の一講師として、あんなことをしてはいけなかった、
と反省すると同時に、
「自分にしかできない指導を実現した」という誇りや達成感みたいなものもありました。


ただ、これを3年続けたところ、燃え尽きてしまったのと同時に、
「旧態依然の大学受験業界に、自分の居場所はない」ということを痛感し、
転職することにしました。
(もう10年も前なので、「4技能」が謳われるようになった現在とは全く状況が違いました)



TOEIC指導を始めた原点


その後、語学系出版者で、TOEICや英語の参考書を編集する仕事を1年間経験したあと、
(のちに僕が澤トレを出すことになった出版社です)
今度は、トフルゼミナールという、より英語指導に力を入れている予備校で6年間働きました。


ここでは、大学受験指導だけでなく、
AO入試のためにTOEICを受験する高校生や浪人生のためのTOEICクラスを受けて持つことになります。


それが僕のTOEIC指導の原点でした。


このTOEICクラスの受講生の大半が、
1年間海外に留学することが必須になっている高校に通っていたこともあり、
「スコアアップだけでなく、使える英語も身に付けるべき」という僕の考え方に賛同してくれたんです。


これは、嬉しい驚きでした。

「日本の高校生で、僕の考えにここまで付いてこれる子たちがいたのかぁ」と。


Part 3、4対策でシャドーイングや暗唱をさせたり、
Part 2対策でリピートをさせたり、
Part 7対策のために、TOEICと関係ない英文も大量に読ませたり、
といった取り組みを初めて試みたのも、このTOEICクラスでした。


多くの高校生が700~800点を取って、
AO入試でMarchレベルの大学に進学しました。


その予備校の卒業生の中には、
大学進学後に個別指導を受け続け、英検1級に合格した生徒さんもいました。


その生徒さんの母校が、スイス公文学園(スイスにある日本人向けの高校)だったのですが、
その親御さんの紹介で、一部の卒業生にTOEIC超集中コースを2012年に提供したのが、
澤田塾の始まりでした。


その後、同様の指導を社会人にも広げていき、今に至ります。


あれ? 気付いたら、
自分の指導遍歴を語り散らかしているだけで、
「成功についての価値観」という本題から逸れてるではないか。。。



成功についての価値観


今は完全に自営(I'm self-employed)の状態なので、
僕は、自分の英語指導において、理想を追求できる立場にいます。
(もちろん、その分、悩みや葛藤も多く、紆余曲折あります)


生徒さんが賛同してついてきてくれる限り、
世の中の潮流に合わせたり、大衆迎合したりする必要もありません。


だから、
「スコアアップと使える英語を両立する」なんていう、
マニアックで、万人受けしなそうなことをキャッチフレーズに掲げても大丈夫なのですw


実際、TOEIC受験者の90%くらいは、
「とりあえずスコアアップできればよい」と考えているのが現状なので、
僕は、全体の10%という、物凄くニッチな層をターゲットにしています。


そして、この10%の人たちに対して、
本当に満足のいく指導、意味のある指導ができれば、
僕はハッピーなんです。


僕のミッションは、今いる大切な生徒さんたちに、
最大限の成果を出してもらうこと。


100人、200人の参加者に対してセミナーをするとか、
ベストセラー本を出すとか、
そのような、より多くの人に対して、広く浅く影響力を及ぼすことは、
僕にとっては、「成功」ではない。


「地位」や「名声」、「お金」のような、
一般的な成功の基準は、僕にはあまりピンとこない。


それよりも、
限りある人生の中で、
たまたま自分と出会ってくれた、少数の人たちにどれだけ良い影響を与えられるか、
の方がずっと大事なことだと感じる。


だから僕は、10数名しか入らない澤田塾の教室でずっと教えていきたい。


収容人数が多い場所を借りて、より多くの受講生に教えることができれば、
確かに、収入は増えるかもしれない。

でもそれは、
より多くの人に、より小さなインパクトを与える、ということでもある。

それでは、金銭と引き換えに、何か大切なモノを失ってしまうのではないか。


僕は、今いる生徒さんたちが自己実現するために、
英語指導という手段を通して、自分に何ができるかを常に考えている。


その結果、達成されることが、僕にとっての「成功」なのだ。


でも、その具体的な形が何なのかは、
正直、まだ見えていないというか、
僕が提示すべきものではないのかもしれない、とも思う。


英語学習においては、
「こうなったら成功」というシンプルな定義などなく、
絶対的な正解というものはないのではないか。


一方、僕は指導者として、
目指すべき道を示す立場にいるのも事実だ。
だから、常に思い悩む。


TOEICの目標スコアをクリアした後、
最終的に、どこを目指していけばよいのか、
というのは永遠のテーマである。


例えば、「英検1級に合格したら成功」なのだろうか?

あるいは、「言いたいことを何でも英語で言えるようになったら成功」なのだろうか?


仮に後者が成功であるとしたら、
それは一生かけて追求し続ける、終わりなき旅路(endless journey)である。


もしかすると、成功とは、何かの結果や到達点にあるのではなく、
むしろ、その過程、努力し続ける姿、生き方そのものにあるのかもしれない。
え? そんな終わり方?

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